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東京高等裁判所 平成12年(行ケ)287号 判決

原告 濱崎澄夫

被告 高等海難審判庁長官

主文

本件訴えを却下する。

訴訟費用は、原告の負担とする。

事実及び理由

一  原告訴訟代理人は、「高等海難審判庁が、同庁平成一〇年第二審第四一号交通船第八全功丸貨物船アナンゲル・エキスプレス水先修業生死亡事件について、平成一二年七月四日言い渡した裁決中、原告を戒告するとの部分を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求めた。その請求原因は、別紙のとおりである。

二  職権をもって本件訴えの適否について調査するに、本件裁決が平成一二年七月四日に言い渡されたことは本件訴状において原告の自認するところであり、本件訴状が東京高等裁判所に提出されたのが平成一二年八月三日(木曜日)であることは、本件記録によって明らかである。

ところで、高等海難審判庁がした裁決に対する訴えは、裁決の言渡しの日から三〇日以内にこれを提起しなければならず、その期間は、不変期間とされている(海難審判法五三条二項、三項)。そして、その期間計算について、海難審判法施行規則八三条一項が、「日をもってする期間の計算については、法第五十三条第二項の期間の計算の場合を除いて、その初日を算入しない。」と規定しているので、同法第五三条二項の期間計算をする本件においては、裁決言渡しの日は、これを算入すべきものと解される。

そうすると、本件訴えの出訴期間は、平成一二年七月四日から同年八月二日(水曜日)までの三〇日間であり、本件訴えは右出訴期間を経過した後に提起された不適法な訴えとなる。そして、この不備は補正することができないから、民事訴訟法一四〇条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 淺生重機 西島幸夫 原敏雄)

(別紙)

請求原因

一、原告は平成九年九月一一日当時遊魚船兼交通船第八全功丸の船長であった。

二、海難審判庁理事官は、平成九年九月四日熊本県牛深市沖合において、貨物船アナンゲル・エクスプレス号から第八全功丸に移船しようとして落水した水先修業生甲斐田正治郎の溺死事故について、原告および水先人森憲一郎の各行為が原因だとして同年一二月一九日長崎地方海難審判庁に対し、審判開始の申立をした(同庁平成九年長審第八四号事件として係属)。

長崎地方海難審判庁は、審理のすえ、平成一〇年一一月一三日「本件水先修業生死亡は、第八全功丸とアナンゲル・エキスプレス間の相互連絡が十分でなかったばかりか、第八全功丸が、アナンゲル・エキスプレスから離舷する際の安全確認が不十分であったことによって発生したが、アナンゲル・エキスプレスが、水先人用はしご揚収索の取付方法が不適切であったことも一因をなすものである。

水先人の水先修業生に対する安全指導が不十分であったことと水先修業生が救命胴衣を着用していなかったこととは、いずれも本件発生の原因となる。

受審人濱崎澄夫の一級小型船舶操縦士の業務を一箇月停止する。

受審人森憲一郎を戒告する。」と言い渡した(一審裁決)。

三、これに対し、原告は右一審裁決を不服として高等海難審判庁に第二審の請求をした(同庁平成一〇年第二審第四一号交通船第八全功丸貨物船アナンゲル・エクスプレス水先修業生死亡事件として係属)。

東京高等海難審判庁は平成一二年七月四日次のとおり裁決を言い渡した(本件裁決という)。

「(原因)

本件水先修業生死亡は、少しうねりのある長島海峡において、全功丸が、ア号から離舷する際の安全確認が十分でなかったことと、ア号の下船者が、下船人数を事前に通知しなかったこと及び下船時の安全措置が十分でなかったこととにより、水先修業生が水先人用はしごを降下中、全功丸が防舷材にア号の水先人用はしごの揚収索を絡ませたまま離舷して防舷材の吊り下げロープを切断させ、同はしごがア号の舷側に強く打ち付けられた衝撃で、水先修業生が海中に転落したことによって発生したものである。

下船時の安全措置が適切でなかったのは、水先人が、水先修業生に対する下船時の安全指導を十分に行わなかったことと、水先修業生が救命胴衣を着用していなかったこととによるものである。

(受審人の所為)

濱崎受審人は、少しうねりのある長島海峡の戸島乗下船地において、水先人等の送迎に従事し、ア号からの下船者を全功丸に移乗させて離舷しようとする場合、水先人が、移乗直後、上方を指差して両腕を交差させ、更に操舵室左舷側入口に近寄って叫び、機関を増速しかけたとき水先人用はしごを掴むなど、通常と異なる一連の動作をとるのを認め、かつ、目前のうねりもそれまでとさして変わりのない波高で、急いで離舷しなければならない差し迫った危険はなかったから、離舷を中止して動作の意味を聞くなど、離舷に支障がないかどうか安全確認を十分に行うべき注意義務があった。しかし、同受審人は、水先人が忘れ物をしたのであれば再度接舷すればよいものと思い、離舷に支障がないかどうか安全確認を十分に行わなかった職務上の過失により、下船者がもう一人いることも、水先人用はしごの揚収索が全功丸の防舷材に絡まっていることにも気付かないまま離舷し、同はしごが引っ張られて防舷材を吊り下げていたロープを切断させ、その反動でア号の舷側に打ち付けられた同はしごを降下中の水先修業生を海中に転落させ、死亡させるに至った。

以上の濱崎受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。

森受審人は、少しうねりのある長島海峡の戸島乗下船地において、同地における下船が初めての水先修業生とともにア号から全功丸に移乗する場合、水先修業生に対し、同受審人が全功丸に移乗して安全を確かめるまで舷側はしごの踊り場で待機し、合図を待って水先人用はしごに移ることなどの安全指導を十分に行うべき注意義務があった。しかし同受審人は、単に先に降りただけで、安全指導を十分に行わなかった職務上の過失により、全功丸が離舷したとき水先修業生を前示のように死亡させるに至った。

以上の森受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。」

四、本件裁決は、次のとおり判断に誤りがあり、取消しを免れない。

1、本件裁決は原告の所為について、水先人森憲一郎の「通常と異なる一連の動作をとるのを認め」かつ「目前のうねりもそれまでとさして変わりのない波高で急いで離舷しなければならない差し迫った危険はなかった」から「離舷を中止して動作の意味を聞くなど離舷に支障がないかどうか安全確認を十分に行うべき注意義務があった」としている。

2、しかしながら、森憲一郎の動作は離舷前は特に通常と異なる動作とは言えず、かつ目前のうねりは船長たる原告には指し迫った危険のあるうねりと理解されたものであったのであり、さらに離舷を中止して動作の意味を聞けるような状態ではなかったのであって、本件裁決はこの点につき重大な事実誤認が存在する。

3、加えて、本件死亡事故の直接の原因は、森憲一郎がパニックを起してアナンゲル・エクスプレス号の水先人用はしごの揚収索を引っ張ったため、第八全功丸の左舷側の防舷材に右揚収索が引っかかり、引っ張られた上で切れたためそのためこの水先人用はしごに乗っていた甲斐田水先修業生が振り落とされ落水溺死したというものである。

4、すなわち、以上本件裁決は右直接の原因を見誤ったものであり、本件事故は森憲一郎の未必の故意による事件である。

五、よって、本件裁決の取消を求めるものである。

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